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横浜地方裁判所 昭和61年(ワ)2984号 判決 1990年7月19日

原告 吉松昭

右訴訟代理人弁護士 須永喜平

同 小山稔

被告 石原晃三

右訴訟代理人弁護士 大森綱三郎

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金二四七四万〇七〇〇円及びこれに対する昭和六一年五月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被侵害利益

(1) 原告は、昭和四八年一〇月一五日、池田庄太郎(以下「庄太郎」という。)から別紙物件目録一記載の建物(以下「本件建物」という。)の一階部分を、返還時期昭和五〇年一〇月三〇日、賃料月金八万五〇〇〇円の約定で賃借し、その頃引渡を受けてかき料理店「広島」(以下「広島」という。)を営業していた。

(2) 庄太郎は、昭和四八年一〇月二四日死亡し、その妻池田ほみゑ(以下「ほみゑ」という。)が相続により本件建物所有権を取得して本件建物賃貸人の地位を承継し、同契約は昭和五〇年一〇月三〇日の経過により法定更新された。

(3) ほみゑは、昭和六一年五月一日、多田(旧姓市毛)日出子(以下「日出子」という。)を代理人として本件建物を被告に売却し、被告名義に所有権移転登記を経由したが、右同日、原告は、本件建物の一階部分に自己所有の什器備品を残置するなどしてなおこれを占有していた。

2  責任原因

(1) 被告は、昭和六一年五月五日、徳永正巳(以下「徳永」という。)をして本件建物を取り壊させ、よって原告の本件建物賃借権を消滅させた。

(2) 被告は、本件建物を買い受けるに際し、原告の賃借権の存在を知り、右取壊しが原告の賃借権を侵害することを認識していながら、日出子および本件建物売買に関与した山中正(以下「山中」という。)と共謀のうえ、本件建物を買い受け、右取壊しに及んだものであり、仮に被告自身は原告の賃借権の存在を知らなかったとしても、山中が本件建物売買につき被告を代理して取引に関与していたのであるから、山中の悪意をもって被告の悪意と評価すべきである。

(3) また仮に被告が原告の本件建物賃借権の存在を知らずに右取壊しに及んだとすれば、被告は過失によって右賃借権を侵害したものということができる。

即ち、被告は、不動産業者であったこと、本件建物の一階部分に従前「広島」という店があったことを知っていたことなどから、本件建物およびその敷地を買い受けるにあたっては、旧家主や仲介人等に十分な説明を求め、事前に建物内に立ち入るなどして権利関係の調査を尽くすべきであったのに、これを怠り、本件建物を買い受けたうえ、これを取り壊したものである。

(4) よって、被告は故意または過失により違法に原告の本件建物賃借権を侵害したものということができる。

3  損害

原告は、本件建物賃借権を失ったことにより左記のとおり損害を被った。

即ち、店舗の価格五〇〇万円に借家権割合〇・三を乗じた金額一五〇万円と、一坪あたりの敷地価格三〇〇万円に三六・八九(坪)を乗じ、更に〇・七及び〇・三を掛け合わせて算出した金額二三二四万〇七〇〇円との合計金二四七四万〇七〇〇円が、原告が喪失した本件建物賃借権の価格であり、仮に本件建物賃借権の価格が右主張の価格に満たないとしても、その価格は、一坪あたりの敷地価格を二三〇万円としてこれに三八(坪)を乗じ、更に〇・七及び〇・三を掛け合わせて算出した金一八三五万四〇〇〇円を下らず、本件建物賃借権を失ったことによる精神的損害(慰謝料)は五〇〇万円を下らないから、原告は少なくとも合計金二三三五万円の損害を被ったということができる。

4  結語

よって、原告は、被告に対し、本件建物賃借権の侵害による不法行為に基づく損害賠償として、金二四七四万〇七〇〇円(ないし二三三五万円)及びこれに対する不法行為の日である昭和六一年五月五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の(1)、(2)の各事実は知らない。

2  同1の(3)のうち、ほみゑが、日出子を代理人として本件建物をその主張の頃被告に売ったこと及び同売買に基づき被告名義に所有権移転登記が経由されたことは認めるが、その余の事実は否認する。

3  同2の(1)のうち、被告が徳永をして主張の頃本件建物を取壊させたことは認めるが、その余の事実は否認する。

4  同2の(2)の事実は否認し、法律上の主張は争う。山中は、本件建物売買に関与したが、仲介人としてであって被告を代理したわけではない。

仮に山中が原告の賃借権の存在を知っていたとしても、これから直ちに被告につき本件建物賃借権侵害の違法性を基礎づける主観的要件が具備されたものとすることはできない。

5  同2の(3)のうち、被告が不動産業者であったこと及び本件建物取壊しに際して建物内に入ってみなかったことは認めるが、その余の事実は否認する。

なお、被告が本件建物を買い受けた頃、本件建物はあばら屋同然の空き家で誰も利用しておらず、被告は本件建物の購入に際し、ほみゑ、日出子、山中のいずれからも本件建物一階に賃借人が存在するとの説明を受けなかった。

よって、被告が原告の賃借権の存在に気付かなかったとしても、そのことについて被告に過失はない。

6  同2の(4)は争う。

7  同3は争う。

三  抗弁

信頼関係破壊を理由とする解除(被侵害利益たる賃借権の消滅)

1  原告が、本件建物を主張のとおり借り受けていたとしても、その借用後三、四年の間の冬場(かきの採れる時期)だけ店舗として使用していたに過ぎず、その後は全く利用せず、特段の管理保存もせずに放置していた。

2  加えて、原告は、昭和五二年八月頃当時本件建物の管理にあたっていた日出子から契約更新に関する申入れを受けた際、話し合いに応ずることなく、昭和五二年九月分以降賃料の供託を続け、特に日出子から昭和五三年六月二日付け内容証明郵便をもって、本件建物の賃貸人がほみゑであり、ただその管理の一切は日出子が受け持つことになっているから供託をやめて賃料を持参等の方法で支払うよう求められたにもかかわらずこれに応じず、誠意ある態度を示さなかった。

3  そこで日出子は、ほみゑの代理人として、再度原告に対し、昭和五三年六月二四日付け内容証明郵便で賃料の供託をやめて日出子に対し直接賃料を支払うよう催告したが、原告がこれに応じなかったため、もはや信頼関係は破壊されたものとして、同年七月一八日原告到達の内容証明郵便により、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

2  同2のうち、原告が、昭和五二年八月頃日出子から契約更新に関する申入れを受けたこと、賃料を同年九月分から供託していること、日出子から昭和五三年六月二日付け内容証明郵便により供託をやめて賃料を支払うよう求められたことは認めるが、その余の事実は否認する。

3  同3の事実は認める。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1(被侵害利益)について

1  《証拠省略》によれば、請求原因1の(1)(原告が庄太郎から本件建物を賃借して「広島」を営業していたこと)及び同1の(2)のうち、後記契約更新の点を除くその余の事実(庄太郎の死亡によりほみゑが本件建物所有権を相続し、本件建物賃貸人たる地位を承継したこと)を認めることができ、同1の(2)のうち返還期日の経過により本件建物賃貸借契約が法定更新されたことは当裁判所に顕著である。

また、《証拠省略》を総合すると、前期「広島」は、原告が本件建物一階部分の内外装並びに冷蔵庫等の什器備品の購入に合計一千数百万円余りをかけ、六畳二間の座敷と一〇人掛けのカウンタ―を備えたかき料理店として、毎年かきの採れる一一月頃から三月頃までの間、原告が調理を担当し、原告の内妻である三野満智子(以下「三野」という。)が保健所・県税事務所等に対する届出上の営業主となり、原告を手伝ってこれを営業していたが、残りの約半年間は、三野が一回清掃のため本件建物一階に立ち入る程度の管理をしていただけで、昭和五〇年以降は赤字経営が続き、同五四年三月頃には休業するに至り、その後営業が再開されることのないままであったこと、しかし原告は昭和五三年七月分から同六一年五月分までの本件建物賃料として一か月八万五〇〇〇円の金員を供託し続けてきたことが認められ(る。)《証拠判断省略》

2  請求原因1の(3)のうち、ほみゑが昭和六一年五月一日、日出子を代理人として本件建物を被告に売却したこと、右売買に基づき被告名義に所有権移転登記が経由されたことはいずれも当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、日出子がほみゑから本件建物の管理を引き受け、被告との本件建物売買までその二階に居住していたこと、日出子の子である市毛淳一が昭和六〇年七月二九日本件建物の敷地(別紙物件目録二の土地、以下「本件敷地」という)を買い受けてその所有権を取得したこと、山中は、本件建物の隣地で営業していたバー「花」との間で、同地を更地化して売買する話を進めた際、同地だけでは狭くて取引が成り立たないということなどから、日出子らに対し本件建物と本件敷地とを併せて売却するよう話を持ち掛ける一方、被告に対し資金を拠出してこれを買い受けるよう働きかけ、その結果、本件建物はその敷地とあわせ被告に売却されることとなり、その代金については、本件敷地価格(一坪二〇三万円)を基準とし、これに右敷地面積を三八坪と計算して乗じた価格(約八〇〇〇万円余)で約定されたこと、等の事実が認められ、同認定に反する証拠はない。

3  請求原因1の(3)のうち、本件建物につき被告名義に所有権移転登記がされた昭和六一年五月一日当時の原告による本件建物一階の使用状況について検討するに、《証拠省略》によれば、原告は、前記認定の「広島」休業時である昭和五四年三月頃、本件建物一階玄関のシャッターを下ろして施錠したうえ、右シャッター外側部分に、「お休みします。」と書いた畳一枚位の大きさのベニア板(厚さ二センチメートル位)の看板を立てておいたこと、右休業後も、本件建物一階の鍵を所持し、右建物内にガスレンジや冷蔵庫、テーブル、椅子等の什器備品をそのまま残置していたこと、昭和五九年末頃になって右什器備品及び造作一式につき、被保険者を原告とし、保険契約者を被告の長男吉松利晃とする合計二〇〇〇万円の店舗総合保険に加入していたこと、時々本件建物一階の様子を見に行くことがあったこと、また、三野も、神奈川県相模原市内に居住し、「広島」休業後はスーパーで仕事をするなどして原告と生活していたことから、勤め先のスーパーに向かう途中本件建物を見回ることもあったこと、等の事実が認められ、他に右認定を左右する証拠はないが、他方、《証拠省略》を総合すると、右「広島」休業後、原告は、「広島」の営業を再開せず、営業許可の更新手続もとらず、右休業から二、三年後には、本件建物一階に取りつけられていたガスボンベを取り外し、電気のメーターも配線を切断してこれを止めたこと、本件建物一階内部及び同所に残置された什器備品については、特に管理、保存の措置が講ぜられることなく放置され、その汚損と老朽化が進む一方で、前記ベニヤ板の休業看板も、被告が本件建物を買い受ける以前の昭和六一年四月頃にはなくなっており、しかも同看板には、設置されてからなくなるまでの間「お休みします。」という程度のおおまかな記載がなされていたにとどまるうえ、原告は、昭和五九年一月末頃三野とともに本件建物一階内部の様子を窺いに行ったのを最後に本件建物内に立ち入っておらず、右最後の立入りも、三野がその頃勤め先のスーパーで担当していた試食・販売の仕事に用いる野菜切りの道具を取りに行ったというのに過ぎず、原告及び三野は、日出子から昭和六一年四月三〇日付けの郵便により、本件建物を被告に売却した旨の通知(被告の住所も記載されていた。)を受けていながら、本件建物が取壊されるまで、右建物一階の利用確保のためになんら積極的行動に出ることなく、被告から連絡が来るのをただ待っていたに過ぎないこと、等の事実が認められるから(《証拠判断省略》)、被告が本件建物を買い受けた当時、外形的ないし客観的にみて原告が本件建物一階部分の利用ないし事実上の支配を継続していたものとみるのは困難で、前記原告の賃料供託の事実をもってしても、原告が第三者に対し客観的に建物利用継続の意思を表示したものと認めることはできず、他に以上の認定を覆すに足りる証拠はない。

二  請求原因2(責任原因)について

1  請求原因2の(1)のうち、被告が昭和六一年五月五日本件建物を取壊させたこと、及び同2の(3)のうち、被告が不動産業者であったことは当事者間に争いがない。

2  ところで、前記一の3で認定したところによれば、被告が本件建物売買契約に基づき所有権移転登記を経由した昭和六一年五月一日当時、原告は、本件建物一階部分の占有を失っていたとみることができ、被告に対する関係で建物賃借権の対抗要件たる「引渡」(借家法一条)を欠いていたことになるから、右所有権移転登記の具備の結果、特段の事情のない限り、原告は右建物一階部分の賃借権を確定的に喪失し、従って被告による本件建物取壊しは、賃借権の対抗を受けない建物所有権の行使として適法となり、本件建物の取壊しによって違法に原告の賃借権が消滅させられたという関係も認められないことになるのが原則と言わざるを得ない。

しかし、賃借権の対抗を本来受けない第三者による建物譲受けないし取壊し行為であっても、その態様において刑罰法規または公序良俗に違反し、自由競争の範囲を逸脱したと認めるに足る特別の事情がある限り、違法な賃借権侵害にあたると解することができるところ、本件のように侵害の対象となった賃借権が、現実の占有・利用を伴わない建物賃借権である場合には、第三者にとって賃借権の存否を確認することが困難となる一方、賃借人保護の必要性がある程度後退することは否めないから、建物譲受人において、建物譲受けに際し、当該賃借人の存在を明確に認識したうえ、もっぱら賃借人の利益を害する目的から旧建物所有者と通謀したり、旧建物所有者に強く働きかけて同人の建物賃借人に対する債務不履行を教唆するなと、特に悪性の強い態様の譲受け行為がある場合にはこれを違法な賃借権侵害として不法行為の成立を認めるのが相当であり、そこで更にこの点を検討することにする。

3  まず、《証拠省略》によれば、被告は、不動産業者といっても土建業と解体業を主に扱う業者で、知人を代表者とする「晃企業」という会社の役員として不動産売買にも携わっていたものであるが、昭和五六年頃、本件建物の隣地で営業していたバー「花」に出入りし、その際本件建物一階の看板を目にしたことから、かつて同所で「広島」という店が営業していた事実を一応は知っていて、その頃山中と知り合ったこと、山中は、昭和五七年頃、日出子に対し、原告に明渡しを求める前提として本件建物一階の写真を撮影しておくと良い旨進言し、日出子は同進言に基づき山中に依頼して同人の知り合いである亀田稔に本件建物一階の写真を撮影してもらい、更に、山中の申出に応じ、本件建物・敷地を第三者に売ることにしてその交渉を同人に任せたが、その際山中に対しては、原告が本件建物一階の賃借権を主張して日出子ともめていることを伝えておいたこと、被告は前記認定のとおり昭和六一年五月五日、業者に依頼して本件建物取壊しを実施し、その際自らも現場に立ち会って建物解体を行ったが、本件建物内に立ち入って什器備品の有無について確認することはしなかったこと、右取壊し後の同年六月二日、有限会社皆川産業に対し、更地化した本件敷地及び隣地を売り渡したこと、右転売に先立ち、本件原告代理人弁護士亡中嶋真治から同年五月二〇日付け内容証明郵便により右取壊しについての釈明を求められたのに対し、同年五月二四日頃、右中嶋方に出向いて「先生の顔を立てるようにする。」と申入れ、暗に金銭的解決をほのめかしたが右中嶋から拒絶されたこと、等の事実が認められるが他方、前記一で認定した事実(特に本件建物の利用状態)に加え、《証拠省略》を総合すると、被告は、「広島」が現に営業しているところを見たわけでなく、「広島」という店が存在した事実を知ったのは、本件建物一階の看板を見てのことに過ぎないこと、従って既に「広島」は店を閉めたと思っていたこと、本件建物売買にあたり、日出子は、山中たいしては前記のとおり原告と本件建物一階の賃借権をめぐってもめていることを伝えたものの、被告に対してはこれを伝えていなかったこと、被告は、日出子が山中を介して亀田稔に撮影させた本件建物一階の写真の存在を、本件建物取壊し以前には知らなかったこと、本件建物・敷地を購入するについての交渉はほぼ全面的にこれを山中に任せていたところ、その山中から本件建物・敷地は取引対象物件として問題ない旨の説明を受けていたため、それ以上本件建物一階の権利関係について深く調査しなかったこと、被告が本件建物・敷地を購入するに至るについては、まず本件建物の隣地を更地化して売却する話が持ち上がり、その際右隣地のみでは狭くて買手がつかないということや、日出子が予め右隣地・建物の所有者と話し合って土地を売る時には共同して売る旨の約束をしていたことなどから、本件建物と本件敷地を併せて売却することになり、そこで右取引に関与した山中が、被告に対し右物件の買主となるよう働きかけ、これに対し被告は、転売により利益をあげることができると考えたのでこの話に応じたという経緯があったこと、等の事実が認められ、以上に照らすと、被告が、現に原告が本件建物の賃借人として存在することを明確に認識したうえで、もっぱら原告による本件建物利用を阻害する目的から日出子ないし山中と通謀したり、日出子を教唆するなどの強い働きかけをして本件建物・敷地を買い受けたものと認めることはできず、他に前記特別の事情を認めるに足りる証拠はない。

4  なるほど、被告が前記山中の言葉を鵜呑みにして本件建物・敷地を購入したとすれば、軽率と言えなくもないし、被告が本件建物購入日から僅か四日間後に本件建物取壊しに及び、その際本件建物内部に立ち入って確認をしていない点で、被告の行為態様に穏当を欠く面がないではないが、それは、逆に被告が原告の賃借権の存在に気付いていなかったことの証左にもなり、直ちに賃借権侵害の違法を基礎づけることにはならず、また、被告が先に認定したとおり、本件建物取壊し後に本件原告代理人弁護士亡中嶋宅に出向いて暗に金銭的解決をほのめかした行為についても、被告としては、自己の行為により結果的に原告の利益が害されたとすれば、これをいくらかでも償って穏便に解決したいとの意向を示したにとどまるものとみることができ、事前に原告の賃借権を害する意図を有していたことを推認させるものということはできない。

なお、原告は、山中の悪意ないし害意をもって被告の賃借権侵害の違法が基礎づけられる旨主張するが、代理人による法律行為について本人の悪意が意思表示の効力を左右する旨定めた民法一〇一条第二項は、不法行為については適用がないと解されるから、仮に山中に原告の本件建物賃借権に対する害意が認められるとしても、被告個人に害意が認められない以上、被告個人の不法行為責任の主観的要件が具備されたものということはできず、従って原告の右主張は失当というほかはない。

5  結局、以上検討したところによれば、被告の本件建物・敷地購入及び本件建物の取壊しは、いまだ刑罰法規または公序良俗に違反して正当な自由競争の範囲を逸脱したものとは認めがたく、ほみゑないし日出子に債務不履行等の責任が認められるかどうかは別として、被告が違法に原告の賃借権を侵害したということはできない。

三  よって、その余の点について判断するまでもなく、本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤枝忠了 裁判官 雨宮則夫 関口剛弘)

<以下省略>

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